『記憶の夢』

担当:水谷 和希 ---------------------------------------------------------------------------

いつか見た夢。空への記憶。
誰しもが一度は夢見るもの。背に生えた翼で空に舞い上がりたい。

今、目の前には、長い道があった。
先はどうなっているのか、わからない。
ただ、両脇には街路樹が並ぶ。
「ほら、街までもう少しだから」
「あぁ」
横を歩く彼女。それ以外は、ただの草原。
上を見上げると、整然と並んだ木々の上に、青き空。
「昔さ、自分にも翼が生えて、空が飛べるって思ったことない?」
「わたし? うーん、ないかな」
「ほんとに?」
「うん。それより、お魚になって海を泳ぎたいとか思ったかも」
「そっか」
空への夢、彼女とは分かり合えないかのもしれない。
けど、いまこうして歩いていると、なんだか飛べそうな気がしないか?
「なんだか、ここ、滑走路みたいだよな」
「えっ?」
「ほら、どこまでも続くまっすぐな道。こういうの見ると、走り出したくならないか?」
「うん……そうだね」
そして、僕は走り出す。
「えっ、あっ待ってよ」
どこまでも前を見据えて。
「待ってってば」
ほら、背中の羽が風を受けている。
今なら飛べる。
「待ってよー」
待つものか。僕の目の前には空が……空が……。
思い切って大地を蹴り、大空へ……。

「……そんなに簡単には飛べないのか」
寝転がって空を見上げる。砂まみれの服のまま。
想像の僕は、今、あの高みを越えて、どこまでも上っていく。
夢と現実。
空に届かない翼。
「はぁ、はぁ……大丈夫?」
そして、傍らには彼女。
「空、飛べなかった……」
「…………」
沈黙。そして
「ふっ……はははは……あはははははは」
笑い出す彼女。
「あははは……ははは……お、おなか痛い」
「おーい、なんだよ」
「あははは……だって……ふふふふ……いきなりなんだもん」
彼女も、僕のそばに寝転がって……いやうずくまって、笑いつづけている。
「そーかな、空、飛べそうじゃなかったか?」
「ふふふふ……あはははは……ぜんぜん……はぁはぁ……ちーっとも浮いてなかったよ」
「そっか……」
僕には、飛べる翼はないのかもしれない
でも、そんな僕の隣には彼女がいた。
「いくらなんでも、空は無理だよー」
「そーかな」
「だから、海にしとけばいーのに」
「魚、か?」
「そうそう。海なら、少しぐらいは気分味わえるのに」
少し落ち着いた彼女も、横で寝転んで、空を見上げる。
「でも、人は行けない所に夢を馳せるんだよ」
「そーかな」
「ほら、こんなに近いのに行くことの出来ない空に」
鳥が視界を横切る。想像の僕と一緒に高く高く上っていく。
「でも、行かなくて良かった」
「えっ」
「そのまま、どこまでも行っちゃうかと思った」
「…………」
「空、飛んじゃうかと思った……」
「そっか……」
「さっきの、うそ。ほんとに飛んじゃうかと思った……」
いっしょに空を眺める彼女。
「やだよー。あなたが本当にとんでっちゃうかと思った」
そっと彼女を見る。
「やだよー、やだよー」
掠れる声。彼女は自分の腕で空を隠す。彼女は小さく嗚咽を漏らす。
「ごめん。もう大丈夫」
想像の僕が小さくなって消えていく。空へ飲み込まれるように、あの彼方へ。
「ほら、僕は此処にいる。ここに」
そっと、彼女の髪に触る。
彼女となら、この地でもいい。
いや、彼女と離れるなら、翼を捨ててもかまわない。
「……うん」
そんなことを思う春の日のこと。遠い日の記憶。